9時過ぎには墓へ。「んだも歩んきらんかん知れんで行がんじんおほろがいね」と最初は言っていたが「行がんけ、そいとがぞろびで行ったいが」と言うとあっさり行く気になる。
「鎌を持っていっぞ、花ばさんなながごいひんなったで」と鎌で庭の花を切って出発。途中、昔の屋敷跡の下を通る、「極楽鳥花が咲えどやせんか」と見に行けというので夫が見に行く。
夫は初めての帰省。今までは20年以上母の思いあって「戻ってくんな!」と許されず、ここ二、三年「いげなふとじゃいろ、見でみろごだいどん」と何回も繰り返すようになったので今回思い切って来たら二人が(おしゃべり同士)意気投合。
極楽鳥花を一本切り取っておりてきた。墓への石段もよいしょよいしょと言いながら、私が手を差し出しても「要らんで」と一人で杖無しで上がる。
墓は造花になっていた。ヘルパーさんのノートにもあったが「も、墓も行っきらんごっひんなった」と言うようになり、いもうとが造花にしてくれていた。水を替えなくて良いので楽ではある。
草刈り機で墓の草を従兄弟が刈っている最中だった。「あらーまだ戻ってしてくれだっ」。五分も経たぬうちに、Yさんが手押し車で登場!「まぁ、そしてもへしとったっけ」「おまいだっもまだ戻ってしてくれでなぁー、そのふた婿どんじゃっとぉ?」。
もう絶対に会話は終わらないと思い、「いへもど」(本家)の従兄弟の〈竹の里・平和の里〉と〈飲んべ小屋〉を見に丘を上がる。樹(もちの木)に直接吊るして作ったぶらんこもある、とにかく眺めがよい。炬燵、自在鉤もある小屋を見る、仙人でも住んでいそうな雰囲気。
30分ほどいて墓に降りていくと、Tおばさんは黙々と花水を替えていらっしゃる、兄の同級生Mさんは話に加わって三人で弾んでいるよう。母はYおばさんの手押し車に座って、Yおばさんは小さい椅子(置き椅子?)に腰掛けていた。母は先日、自分で髪を染めたらしい、デイサービスセンターの日誌に書いてあった。後ろは染まっていなくて禿げているように見える。
家まで休まず歩いた。帰り着くと「荷物じょ預かっとったで、おやおっ盗らんで、届ぐっでつで預かったっ」と近所のMおばさんが台車に積んで運んできてくださる。お土産だったので、その場で開けて持ち帰っていただく。「まって、もろげしたごだんねぇ」と。何時間も経たないうちにMおばさんは、手づくりの味噌をいっぱい詰めて持って来てくださった。
だるしてのさんちすっ!
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