変化するにちにち

「不要」ではないことども

日の斑にいつも見とれてしまう。こういうことは「不要」なことではない、むしろ〈生命維持に必要〉なことだ。

見ているうちにいつも「好日」の米田登先生の歌が降りてくる。

《 かなしみに溺れきれねば葉桜の陰を来たりて日の斑にまみるる 》(米田 登『時空界面』より)

一昨日見たのがカリンかどうか、粘着質が勝ってもう一度行ってじっくり見たい。

ちょっと暗いけど、幹を見る限りでは花梨の木に間違いない、とわかって安心する。こういうことも「不要」ではない。

赤い実が写っている、ワタシには見えるけど・・・ピントも合っていないしまた小さい。

これから日に日に、えも言われぬ色を見せてくれるだろう、わくわくする。わくわくすること、今もっとも必要なことの一つ。

ニセアカシアの花に出逢った。こういうことがどれだけ力になってくれるかが実感としてある。「自粛」のときにはなおさら必要だ。

箱根山地区の公園は人が多かった。坂でスケボーで遊ぶ小さい子たちが楽しそう。エールを贈りたい。。。

坂の上り下りを猛ダッシュで走る練習をする人あり。うーん🧐。マスクをしていない。

走るのだからマスクしたら苦しい・・・わかる・・・。。。うーん🤔