26日、南日本新聞に「隼人浜下り」の記事があった。隼人塚、隼人舞の言葉を目にしてすぐさま白川静の言葉を思い出す。2015年の6月7月のブログにアップしているのを再度上げてみました。
今はもうないですが@sizukashirakawaで見られた当時のツイッターからの抜粋です。⬇️
*みそぎは、海辺で行なわれるのがもっとも祓いとして効果があるとされ、山間の祭事にも、「浜下り」したり、また社殿の近くに白沙をもって、潮花を用いたり、すべて清めには塩を用いる習俗を生んだ。(2017 7月)
*白馬に乗った殷の祖先の子孫がやってきて、周のお祭りに参加して、一応捕虜になる様子や、抵抗するしぐさをし、なだめられて降伏するという儀礼を献ずる。こういうことが、いわゆる歌舞演劇の一番古い形です。わが国でいうならば、国栖舞・隼人舞のような降伏儀礼が、建国当時の姿を大体残している(2017 6月)
26日南日本新聞(下の写真)では、「浜下り」について、【「隼人の乱」で大和朝廷に制圧された隼人族を供養するため、720年ごろ始まったとされる】
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