変化するにちにち

旧暦(農暦)の重陽節

旧暦の重陽の日だと思うと弾む。旧暦こそ菊酒も合うというもの。佳節、なかなか良い言葉。

スーパーで見た菊の花は天ぷら用で量がどっさり、どうも菊酒の趣ではない、さっさと諦めた。

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お散歩日和。このような絵があった(東口のたしか車屋別館のあるビルだったと思う)。

「酒は米の水、水戸様は丸に水、意見する奴は向ふみず」

何十年も住んでいて今日初めて気づいた?それとも以前見たのを忘れた?

せっかくのいい天気、箱根山に登ろうと思いたったのは夕方。小さい山ながら登山道は3コースあり。下りる時はまた別の道にした。山の下に戸山教会が見える。

重陽節といえばこの人、王維の漢詩。それまで味気ないと感じていた漢詩が身近に思えた。2015年9月9日にアップしたものです。

九月九日憶山東兄弟
〈九月九日山東の兄弟を憶(おも)う〉

王維(おうい  701〜761)

独在异乡为异客・ (独在異郷為異客)
(異郷に独り  異客となり)
每逢佳节倍思亲・ (毎逢佳節倍思親)

(佳節のたびに  親兄弟たちを思う)
遥知兄弟登高处・ (遥知兄弟登高処)

(遥か見える 登高の  兄弟たちよ  )
遍插茱萸少一人・ (遍挿茱萸少一人)

(茱萸挿すなかに 私はいない)

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そしてやはり白川静先生の言葉。

「登高飲酒は、のちには重陽の節句に菊酒を酌んで命を延べる民俗となったが、古くは故郷を離れたものの魂振りの行為であった。この場合、高きに登るのは遠く譫望(せんぼう)するためである。わが思う人のあるところをその視界に収めることが、『譫(み)る』ことの呪的な力をはたらかせる方法であった」(白川静『初期万葉論』20頁)。

何十回読んでも感動を覚える。