母とともに(鹿児島)

雨雨雨🌸さくら・桜・櫻

夕方まで一日雨、風がなく音もないから雨でも心は平安?  いいえ、ここに来て母とぶつかったりで大波もあり。そろそろワタシも苦痛が増しておかしくなっているのかもしれない。

傘をさして朝も午後も写真撮りに古い橋を渡る。慣れた橋でも〈橋〉というだけで弾む。

雨雨雨と漢字を続けると異様で、雨雨雨雨雨と5つ並ぶと不気味。言霊ありの感。

朝の山桜、染井吉野。この雨でもまだ持ち堪えるだろう。

季 、〈見れど飽かぬかも〉と詠み、自然の力を身に入れる「賦」、今の世もここでは隔たり無し。分かるわからないを超えて体感してしまう。言葉になる前に〈思う〉があるのだ。

上と同じ時間に写しても光によってこんなに違う。

2時頃、庭のイヌマキの向こうのさくら。雨のなか。

手前の木の名、毎年見ているがわからない。

意識にはなかったが、古い橋がすこし入っている。染井吉野は2本ではなく3本、山桜は1本。

一対のように桜と水

夕方、福岡の次兄からねぎらいの電話がある。去年11月には一日置きに東京の長兄から電話がきたことを思う。デイに行かず家にいると母ともいろいろあるが、長兄が会いたかったであろう母だと思えば、言うまいとブレーキがかかる(時もあるにはある)。