変化するにちにち

『硝子戸の中』(2)

朗読の練習をしたところは六、七、八の、『硝子戸の中』で最も好きな部分だ。「私はその女に前後四五回会った」で始まる。訪ねて来た見知らぬ「女」が、「これまで経過して来た悲しい歴史を書いてくれないか」と漱石に頼む。「女の告白は聴いている私を息苦しくしたくらいに悲痛を極めたものであった」。

「先生はその女の始末を」どうするかと聞く。「どちらにでも書けると答えて、暗に女の気色をうかがう」漱石に、「先生はどちらを御択びになりますか」とさらに問う。
11時を過ぎて「夜が更けたから送って」行く。「美くしい月が静かな夜を残る隈なく照らしていた」。別れ際に漱石は言う、「死なずに生きていらっしゃい」。

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「むせっぽいような苦しい話を聞かされた私は、その夜かえって人間らしい好い心持を久しぶりに経験した」
「公平な『時』は大事な宝物を彼女の手から奪う代りに、その傷口もしだいに療治してくれるのである。烈しい生の歓喜を夢のように暈してしまうと同時に、今の歓喜に伴なう生々しい苦痛も取り除ける手段を怠たらないのである。私は深い恋愛に根ざしている熱烈な記憶を取り上げても、彼女の創口から滴る血潮を『時』に拭わしめようとした」
「私は彼女に向って、すべてを癒す『時』の流れに従って下れと云った。彼女はもしそうしたらこの大切な記憶がしだいに剥げて行くだろうと嘆いた」
「彼女はその美くしいものを宝石のごとく大事に永久彼女の胸の奥に抱き締めていたがった。不幸にして、その美くしいものはとりも直さず彼女を死以上に苦しめる手傷そのものであった」
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時」は、「傷口もしだいに療治してくれる」だろうが、「しだいに」と言っても、「生々しい苦痛」が10年、あるいはそれ以上続くかもしれない。読む側もたまらなく辛いところでもある。

そうではあるにしても、どこを開いても、「人間らしい好い心持」が残るのはなぜだろう。