変化するにちにち

重陽節(9月9日)

9日は一日中大雨。今日は重陽節だと夜になって気づく。でも旧暦こそ菊酒も味わいあるというものだろう。重陽節には高いところに登る習慣「登高」があったのだという。爽快さが感じられるこの言葉、「登高」が好きだ。

九月九日憶山東兄弟
〈九月九日山東の兄弟を憶(おも)う〉

王維(おうい  701〜761)

独在异乡为异客・ (独在異郷為異客)
(異郷に独り  異客となり)
每逢佳节倍思亲・ (毎逢佳節倍思親)

(佳節のたびに  親兄弟たちを思う)
遥知兄弟登高处・ (遥知兄弟登高処)

(登高の  兄弟たちよ  遥か知る)
遍插茱萸少一人・ (遍挿茱萸少一人)

(茱萸挿すなかに われあらざるを)

【王維17歳の時の作、科挙試験のため長安に遊学中。故郷から遥かに離れたこの地にいながら、私にはわかるーーー兄弟たちが小高い丘に登った処(とき)、みんな茱萸の小枝を頭にさして顔を見合わせ、ああ、一人足りないな、と気づくだろうと。】(「漢詩一日一首」一海知義」平凡社ライブラリー)

中国語の〈親〉は、親しいという意味で、親兄弟はもちろん、伯父伯母従兄弟なども含んでいるようだ。

無理して思い出したのではない。漢詩はまさに「歌」だ、なんとなくこの詩のメロディーが体に沁み込んでいて、思い出せなくてもところどこ鼻歌のようテキトーにふんふん言っているうちに出てくる。もっと驚いたのは、一字一字でなく、三行目を続けて入力したら、自動的に四行目が現れた。
中国でむかし買った子供用の本があった。⬇️

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