変化するにちにち

書けると感じる身体

母のことを書こうとすると息苦しく身体が拒否する。どうして書けないのだろう、どうして…とずっと不思議にに感じてきた…居心地悪いような落ち着かないような状態。

今日わかった。身体が違う。母が出かけたあと、あ、今日は書けると感じた。

たとえ書くことがなくても「あ、この身体、書ける」と感じた。何がどう違うのか分からないがこういう事もあるのだ。

家の前の山は靄?がかかってぼんやり白い。土砂降りになったり、落ち着いたり。隣の薩摩川内市は大雨警報が出ていた。あまりテレビは見ないので良くわからないが。川の、ゴーッという流れの音がする。

雨で窓を締め切ると息苦しいので、湿り気を我慢して空気が流れるようにしている。

帯津良一先生の本にある呼吸法、「気貫丹頂」「引気下行」は毎朝、また感情が揺れていると感じたり、訳も分からず息苦しなったら外に出て呼吸する、落ち着くというより気持ち良い。帯津先生は「虚空と一体になる気持ちよさを味わって」とおっしゃるが、そこまでは行かなくても、山の気を感じながら吐いて吸っての繰り返し。

と、ここまで書いたら外に出たくなった。

玄関の戸を開けた途端、山の気(が匂いとともにある)の勢い!雨が降っていても外は外、爽快!

『呼吸はだいじ』帯津良一著    マガジンハウス    きっと予約は入らないだろうと、更に2週間延長を目論んで図書館で借りて持ってきた。「できそう!」と思えるような短い呼吸法のみ、そしてゆったりたっぷりおおらかな彼の言葉、おすすめです。