変化するにちにち, 歌う(合唱/レッスン)

♢呼吸/身体の使いかた♢

「自由になるための呼吸よ!」
「歌が上手くなるためではなく自由になるための、自分を解放するための呼吸よ」とおっしゃるのは渋谷にある「呼吸と発声研究所」(代表:米山文明)の米山章子先生、80代で現役でいらっしゃる。しばらく通っていないが4年前に初めて聞いたときは〈えっ?〉と疑問符が付いた。当時より身体感覚が増したのか今その言葉を実感する。

一言から気づきが広がり身体が変化する
23日金曜日、ボイトレのある日(30分のレッスン)、ぎりぎりまでサッカーを観ていたので歩く時間はなく地下鉄で行く。先生のストレートな一言、「脚OK、骨盤OK、でも骨盤から胸(鳩尾の上?)までを支える筋肉が無いに等しい、溜息をついて胸が下がったような状態が日常化している。鳩尾をもっと開いて…」の内容。(そういえばいつも息苦しかったなぁ)。あれこれ確認しながら身体を動かす、「こんな感じですか?」「そうそう!それそれ!」身体中自信に溢れる、これはまるで中国人だ。私の中の中国の女性は颯爽と、肩が下がって、首が伸びて、歩き方も自信に溢れている。この身体なのか。一言から気づきが広がり変化する。

呼吸が楽な、體へ
意識できればもう大丈夫、鳩尾の広がる感覚を繰り返し確認して楽になる、去年身体も心も変化してかなり開いたと思っていたが、そう言えば鳩尾のあたり、柔らかい硬いは感じられても、開く閉じるの発想はなかったな。ボイトレでの先生の一言から色んな方向に繋がる、翌日の土曜日は嬉しくて気がついたら一日中身体の確認をしていた、呼吸が楽で気持ち良い、寝るときも胸のあたりが「楽」そんな感覚あり、今まで閉じていたことに気づいていなかったということ?今年は梅雨時期や夏に息苦しいと感じることはないだろう。

いい香りを嗅いでいるような、身体が膨らんで開かれて、身の内の蒸気のようなものが溢れ出て外と自分との境界線がぼんやり曖昧になっていくような感覚の體ヘワタシハナリタイ。

夜再びサッカーを観る。長友の不調、本田が外し、香川が外し……。残念を超えて、結果は今までと違い、爽快感も少しあり。