「はんず」、方言だろうか。
この頃、夏の水の冷たさが思い出される。何十年、意識さえしなかったことなのに、身体の記憶の不思議。ひとつには、母のところに年に何回か帰っているからだろう。長く滞在するうちに、体感が呼び覚まされたのだ、きっと。
そしてもう一つは、沈壽官陶苑を今年2回訪れたからだろう。そこで原風景(と感じた)、半胴(はんず)に出会った。忘れていた言葉、「はんず」を何十年ぶりだろう、思い出して嬉しくなった。
半胴とは水を入れる甕のこと。よくよく考えると、味噌も同じような甕に入っていて味噌甕と呼んでいたが、これも半胴と言うのだろうか? 小学六年生まで囲炉裏、土間のある家に住んでいた。土間には半胴があって、近くの井戸水を汲んで貯めて柄杓で飲んでいた。水の冷たさが蘇る。
壽官陶苑は庭だけでなく、敷地そのものがオープンエアの博物館のようで心地好い。陶器のかけら、薪、小さい木一本に至るまで、そこにあるものすべてが(と言いたい)整っていて気が澄んでいる。
写真右端は、逆さまにしてあるが半胴と思う。ここよりさらに上には、工房のある広い韓国風(と感じた)の庭があり、『故郷忘じがたく候』(司馬遼太郎)の碑もある。
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