変化するにちにち, 母とともに(鹿児島)

時光~音~言の葉/そして母

時光という、この光を持つ中国語に惹かれる。それと旧字体の體。
体から體へ そして
「音は、人の声ではなく、自然の声をいうのが原義であった」「音はこのように神秘であるゆえに、神人を和するものとされた」
『中国古代の文化』 白川静著書 講談社学術文庫
言の葉には樹を感じ音を感じる。「音」・言の葉、これはみだりに言葉としての「音」を発しないようにとの私への戒め。
お盆が過ぎて風が立ちはじめ樹の葉擦れを聞くとき、體は静かになる。しずかな體で書けるように願う。
今年3月、母の情報を共有するためにパスワード付き家族間のブログを姪が作ってくれた。母の介護をきっかけに大きく私も変化した。そしてその変わりようの何と不思議なことか、素人ではあるが體の不思議を改めて思いブログに書いてみたくなった。
(ああそして悲しきかな4日目にして誤って削除してしまった)