「和みのヨーガ」研修会
六本木のスタジオは大通りを一歩入った住宅地にある。 インストラクター同士、ほとんど知らない人ばかりだけど安心していられる。特有の、「場」のやわらかさがある。 円座になって自己紹介をして3人または2人1組になってワークをは… もっと読む 「和みのヨーガ」研修会
六本木のスタジオは大通りを一歩入った住宅地にある。 インストラクター同士、ほとんど知らない人ばかりだけど安心していられる。特有の、「場」のやわらかさがある。 円座になって自己紹介をして3人または2人1組になってワークをは… もっと読む 「和みのヨーガ」研修会
送れると思っては書き直し、また書き直し。図書館は休みでシニア館に行く。お昼過ぎに書きあげて、、、ではなく、手放す。 〈いい加減に手放さないと、これでいいということはないのよ〉中野先生の言葉。歌の話を、東京にいらっしゃる度… もっと読む ひとあんしん
いつもの〈森の径〉。右の公孫樹の幹、日の斑がうつくしい// 桂の葉にしがみついている// ここにも// あれ?最初はこのウロそのものが顔で、ムンクの😱に見えた。しばらくして口に見える、上に目のようなものがある・・・ 上の… もっと読む アブナイセイシンジョウタイ
こういうのが中国から夫のケータイに送って来た。その写真を撮ったものです。 「処」の意味を考える。日常は意味ではなく音として使っていることがこういう時に分かる。
レッスン帰りの〈森の径〉、昨日と同じ場所だから昨日見た蟬? こういうのもあった こういうのも 夜は「ベルシャザルの饗宴」、女声のみの練習。曲は難しいのだけど、始まる前の近くに座る人たちと歌の話をする。ゆるやかなごやか、こ… もっと読む セミ・せみ・蝉・蟬
〈森の径〉では、一見普通に横に蟹のように動いている蟬、でも近くに寄ってももう飛ばない。 生きたまま仰向けだったり、臓腑が見えているもの、完全に潰れているものなど〈森の径〉の行き帰りに見る。 みみず。目が悪いので木の枝に見… もっと読む せみ/みみず
凸の訓読みは?と考えている場合ではない。 会館が空いていたので歌の練習に行く。火曜日も行ったのに。 ネガティブなことは脳によくないからその時には書かなかったまで、火曜日は歌えないまま鬱々たる思いのなかで大きな凹みを抱えて… もっと読む 凹凸
黙祷。この日の祖父母の家の正午を思う。 おそらく母のお腹にいる時から祖父が亡くなる前年まで毎年、わたしは8月15日を祖父母の家で過ごした。 写真でしか知らない、戦死した伯父がある。「センシ」は祖父の声として戦後生まれであ… もっと読む 8月15日
お盆なんだけど、、、何もせず、、、根無し草になったよう。 そわそわゆらゆら(否)ふらふら。 気づけば、「拝み洗い」で米を研いでいる。お米を超えて〈いのち〉、感謝の念が自然に湧いてくる。昔々、故久司道夫氏のマクロビオティッ… もっと読む 根無し草のよう
11日(日曜日)の東京新聞、「書く人」欄に中村文則氏が書いている。 彼の公式HPを見て飛び込んで来たのが、「憂鬱だ。。。ぐるぐるぐる、どーん。」これだけ。 驚くというより感動!と言っていいはずはないけど、、、しかしプロの… もっと読む 図書館の椅子