変化するにちにち

猫ちゃん

猫の表情やちょっとした動作に、人生ならぬ猫生(?)の哀感が100%宿っていると感じることがある。

東新宿のガーデンのいちばん隅っこのベンチに腰掛ける。3人掛けの端にすでに席を占めてじっとしているのは猫。この猫もそんな〈気」を漂わせていた。。。

猫をびっくりさせないように正面から行かず通り過ぎて、横から近づいて、端っこにワタシも座る。

よかった。逃げずにそのまま、ニャンと一声も発せず、ただそこにじっといる。

静かにそこにいるだけの猫の隣で、わが内部も静かになっていくのが分かる、身体の共振なのか、100%には程遠いが哀感までもらってしまった。

どうやって生きているのだろう、食べ物はどうしているのか、考えを巡らせるうちにだんだん〈人生ってなんぞや〉まで行ってしまいそう。

〈またね〉と声かけたがニャンの一声はない。

猫は相変わらず同じ場所を動かない。なんだか名残惜しい・・・

つわぶき。もうすぐ黄色い花が見られる。

杜鵑がこんな花だったとは・・・意外も意外

???