変化するにちにち

自然の〈かたち〉

気持ちよく息を吐いて吸って、〈森 の径〉の息吹を感じる。

新緑ではなく、新しいいのちでもなく、再生を繰り返すのでもない?ならばなんと形容する?

以前アップしていた白川静先生の言葉です。

2017年7月
*[万葉]の歌に「見れど飽かぬ」「見る」「見ゆ」というように視覚に訴えていうものが多いが、それらは視覚を通して存在の内奥の生命にふれようとする、呪的な魂振りの行為であり、それは山川草木をはじめ、およそ存在するもの、生命感情の移入しうる一切のものに及んでいる。

2017年11月
*【高】おそらく神を迎えて祀るところで、のち祖霊の最も貴いものを【高】とよんだ。わが国でも【たか】は神聖のものをよぶときの美称に用い、必ずしも高低の意のみではない。古くは対義語をもたない絶対のものが【たか】であった。

・・・

ではこういうのもありでは?と勝手に思いついたままです。

___自然の〈かたち〉。【かみ】の〈か〉・【たか】の〈た〉・【いのち】の〈ち〉___

9日にアップした木の名がわかりました。〈イボタノキ〉。京都在住の友人、ひららさんからすぐに朗報が届く。同じ写真をもう一度載せました。「いぼたのき」は岩波国語辞典に出ている。「もくせい科の落葉低木。枝は細い。樹皮に、白いイボタロウムシがつく」。イボタロウムシ?

花ではありません。写したのは彼岸花の葉です。春に枯れる・・・

楠の花。また撮りたくなった

⬇️「果実」のようです。翼のある果実!そういえば漱石山房では「以呂波紅葉」の漢字表記だった。

5月1日、漱石山房で撮ったもの。削除した写真がまだ底に残っていた。「果実には翼があります」と書いてあるではないか! 読み飛ばしていたのだ

エゴノキの花、木が高すぎて・・・

コズミック通り。車が少ないので車道の日影を行く。前方の赤いのは早大専用のバス右の壁側は理工学部。余裕を持って歩道に上がれる

ボランティアの帰りにゆりの木の花をまた見に行った

ケヤキ(欅)