変化するにちにち

「Le soir」/一本歯の下駄

グノーの「Le Soir(夕暮れ)」、スケールの大きさと何ともいえぬ心地よさ。宇宙空間に自分がぽつねんと在るような、大いなるものの静と寂に同時に包まれる感覚…。波打つような曲の流れ、日常から解き放たれるような感覚…。

詩の理解はまったくぼんやりあいまいの域を出ないけど(日本語を読んでも分からない)、そのぼんやり感のなかでの詩に、ヴィーナス(金星)と交歓するような普遍性があってすんなり入っていける。詩はたぶんもっと深刻なんだろうけど(思いが深く身に食い込むような部分がある)、曲は大らかである気がする。

一本歯の下駄を履いてみたくなった(『五輪の身体』齋藤孝、日本経済新聞社を読んで)。レッスンの先生も大いに興味を示された。なんと、「恥ずかしくないわ!」とおっしゃる。美しい、品のある先生が一本歯の下駄履いて大股で闊歩!?  似合うかも!

試しに普通の下駄を履いて買い物に行った。大丈夫、見る人などいない、それにしても身体が違う。足はもちろん、股関節、臍下丹田など当たり前のようにそこにある感覚! これなら一本歯の下駄も履けそう。身体感覚がより繊細になるに違いない(身体を割る、と内田樹氏は言う)。呼吸も深くなりそう。なればいいが……。。。