母とともに(介護帰省・鹿児島)

海・人・豊かさ

道の駅まで買い出し。今日はゆっくり景色も楽しんでと。いつもの道は通行止めだ、引き返そうとしたら工事の方が自転車を運んでくださるという、有難くまた申し訳ない。昨夜、親子ラジオで通行止めの案内があったが、深夜だけだと勝手に解釈していた。

行ったことのない、お店と反対方向の公園?に初めて行ってみた。このようなところがあるとも知らなかった。ここの奥から国道にいったん出て海に下りる道あり。まったく知らなかった。⬇️

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下りていく。⬇️

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この薊は、むかし畑などで見たのと違い、葉がざらざらではなく、つるつると光沢があって初めて見るもの。

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帰りは旧道を通って。家内(やうっ)のTおばんが畑仕事をしていた。自転車を下りて声をかける。何も持ち合わせがないが、柿を買ったので開けて半分差し上げる。「まー、まってー、またそん戻って来てくれたっ、いつもゆーしてくるんねー」と温かい言葉をかけてもらう。おばんは畑に正座している、楽なのだと。2,30分話し込んだ?日差しが強すぎて暑くてたまらない。「まだ戻って来っで元気いしておってくいやいなー」と挨拶、自転車に乗って後ろ向きだが手を振る。Tおばんも元気だけど米寿だろうか。うっかりして写真撮るのを忘れてしまう。

川沿いの旧道。⬇️

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踏切で自転車を停めて撮りたくなった。郵便屋さんが通ったので途中で避けてまた戻して。でも警報が鳴ったら自転車は内側になってしまう、鳴らないことを願って。小さいころ、祖父の家までの近道として、このトンネルを堪能?した。⬇️

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Mさんが「語いげした(語りに来た)」と話に来てくれる。

夕方、母が散歩に行こうと言い出す。田の神様のある方に出る。山峡は夕日のあたるところ、陰とはっきりしている。

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家に前でMおばさんに会う。話し込んでしまう。月も出ている。自分で豆腐を素揚げしたものを持ってきてくださる。翌朝は出来立ての芋の差し入れも。近くにMさん、Mおばんがいて下さってこそ、母もまだ一人でなんとか暮らして行ける状態を保ち得ているのだと強く感じる。

地元で暮らす人にとってはまた違うのだろうが、遠くからたまに来て、ニコニコしていれば済む者には、人、土地、食の「豊かさ」のなかにある。

家の前から写した、6時すぎ?の山の端の月、相変わらず、お・そ・ま・つ!

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