変化するにちにち

結果を知るまえに言うべきこと

1日に帯津三敬病院に行ってからというもの(正確には行く前から)、死について、思ったより動じない自分がいる。もう一つの検査結果を知る前に、今を言葉にしなければ毎月の短歌も嘘っぽくなってしまう。結果論は何とでも言えるから。

結論を言えば、最初は母がいるから何としても…と思ったが、二週間の間にちょっと変わった。これも天の采配?努力はするがどのような結果でも受け入れる(当然といえば当然か)。

8日の血液検査の説明は「100点満点、優秀です」だった。そして自分の身体で判断しての早めの来院を褒めてもらった、自慢ではなく褒められて単純に嬉しいだけ(やっぱり自慢も少しあり、かな)。
〈普通は検診などで引っかかってから来る、病気が進行してから来るのです、アーティストは身体の感覚がすごいんですね〉と。アーティスト!⁇⁇   アーティスト⁈⁈⁈   なんという褒め言葉!質問がいけなかった?〈万が一手術となったらお腹に力が入るか、一週間くらいで歌えるようになるか〉などなど聞いてしまった。
合唱の追い込みの大切な時期、これからが面白くなる時だ、万が一入院したとしても早く出たい。

「ミサ・ソレムニス」はなんとしても歌いたい。これから歌いこんでいくうちに様々なものが見えて来るだろう、それを歌いたい!と、つい格好つけたような最もらしいことを言ってしまうのは、この難曲(いやどれも初めてのものは難曲だ、去年のハイドン「四季」もそうだった)をなんとかして身体に染み込ませようと必死になっているからかも。

立派なタイトルにして書きはじめたにしては、いつもと大して変わらぬ、ズルズルゆるゆるした中身になってしまった……安心。

話は全く別で…今日図書館にネット予約した『日本戦後史論』内田樹・白井聡共著は、予約順「32件中32番目」と表示された!むむむむー……こんなに読みたい人がいる、喜ぶべきか?