変化するにちにち, 歌う

《詠う》言葉を選ぶ難しさ

歌の出来不出来は別にして今月は(いつもと違い!)自分の表現したい心をわりあいに表現し得た気がする。母の介護に帰った実家で水の音、風、樹の音のなかで体感したものを何としても言葉に残しておきたかった。(2015好日7月号より)

《そよ風のせせらぎの今ここにありて私は誰でもないものになる》

《祖(おや)たちをたどりてゆけば風になる「音なひ」として聞く風の音》

《みずよみず春のせせらぎ聞くものと風景を一(いつ)にするものたちよ》

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《身を削る痛みは明日はないだろう  「書を捨て」る寺山修司もろとも》

最後の4首目の歌は、下句が、好日では改作(「書を捨て」→書物を捨てる)されている、改作のほうが分かりやすいかも知れないが、私自身の思い入れ、リズム感、勢いを優先してオリジナルを載せた。
寺山修司の演劇、本には生き方を挑発され続けた。彼の『書を捨てよ町へ出よう』には特別の思い入れがある。この本の題とを掛けて「書を捨て」とした、下句にリズム感と勢いがあって、私としては動かし難い言葉である、たとえ難があったとしても。