変化するにちにち

「クレマチス 五月」

5月6日
散歩の途中うしろから男性の穏やかな声がした。
「クレマチスと言う花だよ、紫のほかにも白も・・・」。
クレマチス…?   聞き覚えがある。
振り向くと、車椅子を押している初老?の男性、息子だろうか、車椅子には母親らしき人、お母さんに花の名を教えている、いい光景だ。

たった今わたしが見た紫の、名を知りたいと思った花だ、きっと。どうしても確認したくて声をかけた。「すみません、クレマチスってこの花ですか」、そうです…と丁寧に教えてくださった。名の響きがよい、そしてどこかで聞いたような…。

お礼を述べてから少し引き返して、先ほどの花を近くでじっくり眺めた、クレマチスという名だったのか。
クレマチス……?思い出した、辻邦生だ。『花のレクイエム』だ。
ああ、でも…、もしかして「こんまり流」の片づけのとき、「ときめかない」本として捨ててしまったかもしれない(あれほど捨てられなかった寺山修司の文庫本全部捨ててしまったんだから)。

家に帰り着くと本棚に直行。あった!『花のレクイエム』(新潮文庫)残っていた。捨てずに、残すほうに選んでいたのだ。さすが私!と自分を褒めたくなった(いやもういっぱい褒めまくっている!)。

本は、各月ごとに12の花の名を題とする短編集、山本容子の銅版画が挿絵ではなく、独立した版画としてある。その中に「クレマチス 五月」がある。
読み直してみた。辻邦生の言葉は静かだ。独特の雰囲気をもって想像力をかきたてる。

花を見て、何かを直感的に感じ取ったのだ。本は忘れていても、クレマチスという音が身体に入り込んでいて、出逢って、一気に體が反応したのだ、凄い!身体と脳のつながりの不思議、ますます體というものが好きになる。
クレマチスという花の名と、短編「クレマチス   五月」がつながった。二度と忘れることはないだろう(本に出てくるクレマチスは白)。

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