変化するにちにち

「続・ペコロスの母に会いに行く」あれこれ(16)

3月9日(月曜日)
朝刊はみつえさん若かりし頃のものだった。読者としては認知症になってからの表情、元気の良い言葉にありつきたいが今朝は少し違う。なぜなら昨日「ペコロスの玉手箱」を読んでしまった。3ヶ月待って、用意できましたと図書館よりメールが来て一気に読んだ。少しずつ衰えていく様子が多くなって現実味を帯びる。「発語が今日は多い」「少ない」「今日は無い」と一喜一憂するペコロスや周りの人の雰囲気の重苦しさに、大変だったであろう当時に思いが行き、衰え変わりゆくみつえさんの表情、現実を今頃になって見せられる思い………。

ではあるがやはり新聞では、みつえさんのあの笑顔と毒舌が聞きたい。恥ずかしながら、みつえさんの拳のような左手が脳梗塞によるものとは知らなかった、以前書いた感想を訂正しなければならないが、あの時のみつえさん、ペコロスへの感動としてそのままにしておきたい。

先週来た友のつぶやき
「胃瘻はしない、救急車は呼ばないなどなど決めていても迷い迷いして、葛藤があって今でも、どうだったのかなあと複雑なのよ、色々思うのよ」を思い出す。私にとってはしかし自然に近い形で家で看取って、最後の最高の親孝行、よくやったと思うが、当事者の気持ちが分かろうはずもない。息を引き取られる時、看護師さんも居てくれたそうである。「顔の分かる間に、話が出来る間に帰っておきなさいよ」は分かるが、頭の中ではまだそのことが現実味を伴っていない。他人事ではないのだけれど。